Akari Table Lamp,1950s 1950年代からMoMAのデザイン・コレクションの定番となっている、「アカリ・ライト」シリーズ。彫刻家イサム・ノグチが伝統的なちょうちんを電灯に変え、日本のちょうちん産業をよみがえらせることになった同じ時代から、MoMAはこのランプにスポットライトを当てていたことになります。手作りの和紙と竹軸を用い、金属のフレームで支えられているので二つと同じ形はありません。昔ながらのちょうちんと同じように繊細で、少しいびつな形が魅力です。 * 日本製 * 36W(E26)白熱球1個付(40Wの明るさです) * 要簡単な組み立て
イタリア、ミラノ生まれ。ミラノ工科大学の建築学科を卒業後、1944年から兄のピエール・ジャコモとともに建築家・デザイナーとしてキャリアをスタートしました。1962年のフロス社創設にデザイン部門責任者として兄弟で参画。新しいテクノロジーと多様な素材を用いて家具や照明、都市計画に至るさまざまな世界で実験的なフォルムと伝統的なフォルムを表現し続けました。1970年代からはミラノ工科大学建築学科教授として、若い才能を育てることにも大きく貢献。デザイナーの個性を主張するのではなく、使うひと、生活者の視点で物づくりを続けたカスティリオーニの仕事は、イタリアデザインのマエストロ、革新的工業デザインのパイオニアなど、賞賛の言葉とともに世界的に高い評価を得ています。想像力あふれる作品は「アッキレ・カスティリオーニ・デザイン展」として1995年にバルセロナ、1996年にミラノ、1997年にドイツを経てニューヨークのMoMA、1998年に東京を巡回。作品の多くがMoMAのパーマネントコレクションに収蔵されています。
デンマーク、コペンハーゲン生まれ。1927年にデンマーク王立芸術アカデミーを卒業した、デンマークの建築・デザインの第一人者です。在学中から複数の賞を受賞していた初期作品はバウハウスやル・コルビジェの影響を受けていましたが、その後、独自の家具デザインで国際的な名声を獲得。使い手を第一に考えたアント(蟻)、エッグ(卵)、スワン(白鳥)の椅子は20世紀の後半50年を通じて世界で最も売れたデザイン名作家具の一つです。建築では1956年から1961年にかけて作ったコペンハーゲンのロイヤルホテルにより、近代建築の巨匠に仲間入り。このプロジェクトでは家具、照明器具、ナイフやフォーク、ガラス、ドアの取っ手まですべてをデザインしています。1960年代には円や円筒、三角、立方体というベーシックなフォルムに興味が向かい、ユニークな食器も開発。ジョージ・ジェンセン社のカトラリーは1968年の映画「2001年宇宙の旅」にも登場しました。ヤコブセンの作品は、機能性においても国際的なデザイン・クラシックであると現在でも考えられています。
フィンランド、クオルタネ生まれ。1921年、ヘルシンキ工科大学建築学科を卒業し、いくつかの都市を経て1933年にヘルシンキで設計事務所を開設しました。フィンランド建築家協会の会長を長く務め、マサチューセッツ工科大学でも教鞭をとり、1955年からはフィンランド・アカデミーの会員、1963〜1968年は同アカデミーの会長に就任。20世紀フィンランドを代表する建築家・デザイナーとして地域性と国際性、モダンな建築と伝統的な様式、機能性と芸術性、自然と都市のバランスを大切にした設計・デザインを貫きました。都市計画から建築、家具、照明、テキスタイル、ガラス製品まで幅広いデザインプロジェクトに関わりましたが、それらのすべてが全体に調和して存在していることがアールトスタイル。小さな生活雑貨や一脚の椅子が大きな建築物や空間に醸し出す空気感まで視野に入れ、何よりも「ひと」を中心に置いた設計・デザインによって世界の匠として語り継がれています。天然の素材で描くオーガニックなフォルムは、1936年のパリ万博コンペティションで入賞した花瓶で広く知られ、MoMAのパーマネントコレクションに収蔵。その後発表した曲げ木の家具などは現在も生産・販売され、1998年には生誕100年を記念してMoMAで特別展示を開催しました。
アメリカ、ロサンゼルス生まれ。少年時代を父の国日本で過ごした後、渡米。コロンビア大学で医学を専攻する一方、レオナルド・ダ・ビンチ美術学校で彫刻を学び、奨学金でパリに渡ってからは1927年に抽象彫刻家のコンスタンチン・ブランクーシの弟子になります。彼の作品の源は東洋と西洋、古代と現代、実践と理想、社会と個人など対立する概念のもたらす緊張感。石、木、紙、水、光などさまざまな天然素材を取り入れて、シンプルなフォルムを情熱的に表現しました。1947年にはハーマン・ミラーのディレクターであったジョージ・ネルソンの依頼でノグチ・テーブルを発表。1946年、MoMAの「14人のアメリカ人展」に出品。1951年に発表したAKARIシリーズはロングセラーを続けています。日本では岡本太郎、北大路魯山人、丹下健三、猪熊弦一郎、勅使河原蒼風などと交流。その作品は彫刻から家具、照明、公共スペースや庭園など多岐に渡り、「地球を彫刻した男」とも言われています。1985年、ニューヨークにイサム・ノグチ・ガーデン・ミュージアム開設。日本では香川県のアトリエがイサム・ノグチ庭園美術館として公開されています。
イタリア、ノヴァーラ生まれ。ミラノのブレラ美術アカデミーを卒業後、ミラノ工科大学やカッラーラ造形芸術アカデミーでの教師も務め、1950年初頭から視覚芸術アーティストとしての活動を続けています。ミッド・センチュリー・モダンを代表するブランド、ダネーゼ社が作った木製の子ども向けパズルやプラスティックのステーショナリー、フォントからフォルムまで完成度の高いカレンダーなどは、今でも人気の高い製品。妻のイエラ・マリと作った知育絵本「リンゴとチョウ」などの出版やグラフィックデザインも手がけています。家具や家庭用のプロダクトデザインに集中してからはアルテミデ社、ドリアデ社、ノール社、ICF、オリベッティ社、ル・クルーゼ社などにデザインを提供。MoMAのデザインコレクションにはエンツォ・マリの作品が数多く収められています。
アーティスト、ジュエリーデザイナーとしてキャリアをスタート。1979年にパートナーのキャシー・モスカルとストッキングやレッグウォーマーを生産するHUEを設立。その後14年間、レッグウエア製品に初めて多彩なカラーを取り入れ、天然繊維にライクラをブレンドして新素材を開発するなど、画期的な発想によるデザインとパッケージ、品揃えを発表して眠っていた産業をよみがえらせました。1996年には自分のスタジオをニューヨークに開設し、その独創的なカラーパレットセンスを一般家庭用品に展開していきます。新しい繊維や技術を使った実験的な試みと色彩感覚の出会いから誕生した初の製品コレクションが「レイボウルズ」。1998年のニューヨーク国際ギフトフェアで最優秀ニューデザイン賞、1999年にはアメリカ工業デザイナー協会からも賞を授与されました。さらに、彼女の挑戦はPLYNYLという新しいテキスタイルをハンドバッグやテーブルマット、フロアマットに展開するプロジェクトへと発展。2001年にはインターナショナル・コンテンポラリー・ファニチャーフェアでICFF賞を獲得しています。
アーティストであり、画家であり、デザイナーでもあるジェフリー・メッツナーは16歳の時からクリエイティブの世界で働いています。いくつかの一流広告代理店でアートディレクターとして働き、スキルを磨いた後、彼が広告の世界のトップクリエーターとして認められるようになった、ニューヨークの広告代理店であるDoyle Dane Bernbach社にたどり着きます。その後の20年間は、彼自身プロダクションである、メッツナープロダクションで、テレビコマーシャルの監督をしました。彼は現在、ニューヨークのThe School of Visual Arts(SVA)で高い実績のあるモーショングラフィックス部の代表を勤めており、過去10年間SVAで、世界的に認められているシリーズである「alternative advertising portfolio」のクラスを教えています。メッツナーは近年、マチス、ウォーホール、ルソー、シャガールなどの画家達によるすばらしいミュージアムコレクションを、線描画で表現するシリーズで、MoMAとコラボレートしました。
ロンドン出身のモリソンは、ロンドン王立芸術学院とベルリン芸術大学でデザインを学びました。1986年にロンドンにデザイン事務所を構え、翌年にカッセルで開かれたドクメンタ8展に作品が展示されたことでロイタース 1995年、モリソンの事務所はハノーバーの新しいトラムのデザインを担当する契約を獲得しました。これは当時のヨーロッパで最大の路面電車の製造契約でした。最初の車両は1997年にハノーバー工業展示会で発表され、iF運送デザイン賞とエコロジー賞を獲得しました。『デザインイヤーブック1999』の編集者も務めたモリソンは、デザインイヤーブックを補足する『State of Things』展を開催。2000年のパリデザイン展示会では年間デザイナーに選ばれ、パレルモでマーク・ニューソンとマイケル・ヤングとともに、アテネのデステ現代美術財団でニューソンとともに展覧会を開きました。最近のプロジェクトには、ロンドンのテート・モダンの家具のデザイン、ロウェンタ社のキッチン器具シリーズ、マジス社のエア=チェアとエア=テーブル、アレッシ社の新しい調理器具シリーズのポッツ&パンズがあります。又,2003年オープンした東京の新名所六本木ヒルズには、屋外チェア-をデザイン。ジャスパー・モリソン社は、現在ロンドンとパリに拠点を置いています。
アメリカ人デザイナーであり作家であるバーバラ・フラナガンは、エール大学で建築家としての教育を受け、ニューヨークタイムズ、メトロポリス、I.Dを含む多数の出版物でデザインについての記事を手がけました。彼女の近年のプロダクトデザインのキャリアは、彼女が工場と仕事をしていた頃にデザインした建築インテリアや、建築素材の新たな効用を産み出した経験に起因しています。その全ての作品において、ユーモア、驚き、工夫が盛り込まれています。
オサム・ミタは婦人服地を生産するミタショー三代目のテキスタイルデザイナー。彼は山本耀司のスタジオでキャリアを積み、その後も山本耀司他、著名なデザイナーと共にテキスタイルの開発に携わっている。
何時の時代にもパイオニアと呼ぶにふさわしい人物がいますが、Jacob Jensenは従来の世界や、モノの見方、といった常識を覆したデザイナーの1人です。 過去50年間、彼は全てのオブジェクトをいかにして親しみやすい使いやすいものにできるか、に挑戦し続けてきました。それは生活の場で使うミュージックシステムであったり、オフィス空間の電話機、身につける腕時計、日常のキッチンツール等々数限りないプロダクツへと広がりました。「デザインは万人に理解される言語である」の言葉通り、彼の哲学はJacob Jensenブランドに今なお反映し続けています。
ドイツ、ミュンヘン生まれ。工業デザインの学校ではなく、哲学や工学、グラフィックや解剖学を学んだ後、1955年にダイムラー・ベンツ社でメルセデス・ベンツの車体スタイリストとなりました。1958年にイタリアに移住し、ミラノで建築デザインからキャリアをスタート。イタリアデザインの官能的ともいえるクオリティを、ドイツの精巧さにより表現する達人として、技術的には複雑なデザインを大量生産することに挑戦し続けています。アレッシィ社のケトルやナイフ&フォーク、アルテミデ社のデスクライトTIZIO、IBMのノートパソコンThink Padなどは特に有名。メルセデス・ベンツ社、フィアット社、ピレーリ社の車や、カステリ社やノール社の家具も手がけています。1960年代にマルコ・ザヌーソと共同でデザインしたブリオンベガ社のラジオとテレビが近年復刻され て、話題になっています。
1984年、スドウは革新的で機能性のある布地を売る小売店、Nunoコーポレーションの創設者の一人でした。彼女の作品はアメリカ、インド、イスラエルでの展示会を含む世界中で紹介されました。現在、ボストンのMuseum of Fine Art、ロンドンのThe Victoria & Albert Museum、ニューヨークのPhiladelphia Museum of Art、Cooper-Hewitt National Design Museum、そしてThe Museum of Modern Art(MoMA)のコレクションに選定されています。
ページ・グールリックはニューヨークをベースに国際的に活動する、建築家及びインテリア・プロダクトデザイナーです。空間、構造、プロダクトをデザインするのに革新的な素材を用い、クリーンでエレガントなフォルムを作り出す事で評判を呼びました。彼女は合理的に問題を解決する事、前提条件を見つめ直す事、本質的な機能を大切にする事でデザインへアプローチしています。 彼女がデザインしたMoMAのPage1シリーズは、フォルムのシンプルさと繊細に仕上げた表面を併せ持ち、それぞれがもつ機能的役割に美的価値を加えています。
輝くプリズムの彫刻で有名な、ユーゴスラビア生まれのヴァーサは、専門的な教育を受けた画家です。30年以上もの間、彼は自然光の吸収と反射を学ぶため、シンプルな幾何学形状である、三角形、四角形、円形、長方形をベースにしたラミネートされたアクリルフォルムを研究しています。彼の彫刻は、周囲の光の当たり方によって変化する、着色した面のレイヤー状のフィルターで構成されています。ヴァーサの代表的な彫刻はアメリカ、ヨーロッパ、アジア等の美術館のパーマネントコレクションで見る事ができます。
カリフォルニア在住。
プロダクトデザイナーである彼はイスラエル生まれ、ホロン工科学院研究所(Holon Academic Institute of Technology, Israel ) でデザインを学んだ後、テル・アビブ大学 (Tel・Aviv University, Israel) 工業デザイン学部を卒業。 MoMA(ニューヨーク近代美術館)の為にデザインしたタイムスフィア クロック(1998年)、パーペチュアルカレンダー(2002年)は、その斬新さで、ファンクションを兼ね備えた“究極のミニマリスト”として彼を一躍有名にしました。
ベリーニは建築家であり、イタリアの最も多才で影響力のあるデザイナーの一人。1928年創刊の建築・デザイン誌“ドムス”の編集長を、1986年から91年まで務めていたことでも知られています。タイプライターに代表されるオリベッティ製品、カッシーナやB&Bイタリア、ヴィトラなどの家具、ブリオンヴェガやヤマハの電気製品、アルテミデ、フロス、エルコの照明など数多くの名作をデザイン。金属フレームを上質の革で包み込んだキャブチェアに代表される、構造的パーツに一枚の「肌」を与えるような独自の手法は、彫刻風で美的な感覚を刺激する品格を家具や工業製品にもたらすことに成功しています。
アメリカ、ウィスコンシン州生まれ。ル・コルビジェ、ミース・ファン・デル・ローエと並ぶ20世紀の三大建築家の一人です。シカゴ万博の開かれた1893年に、建築家としてシカゴで独立。「デザインとは、自然の要素を純粋に幾何学的な表現手段によって抽象することである」という言葉からもわかるように、一貫して自然と建築の共存を提唱し、有機的建築を数多く残しました。1905年に初来日し、1912年から設計に着手した日本の帝国ホテル建設に参加。浮世絵への高い関心もよく知られています。ニューヨークのグッゲンハイム美術館や、ペンシルバニア州のカウフマン邸(落水荘)などが有名ですが、生涯に800以上の設計をし、半分以上を形にしたライトは建物や住居だけでなく、家具やテキスタイル、照明やカトラリー、さらには景観までデザイン。全体として統一した創造姿勢はデザインの領域を押し広げ、20世紀の建築と装飾芸術の発展に深遠な影響を与えました。ライトが建築に取り入れた幾何学的でオーガニックなデザインパターンは、ジュエリーやホームアクセサリーのコレクションとして今日まで生き続けています。
*MoMAはフランク・ロイド・ライト財団から公式にライセンスを供与されています。子供向けの本のベストセラークリエーターであるロバート・サブダは、紙でを使って物を作るということに常に情熱を傾けています。サブダとパートナーのマシュー・ラインハートは、ニューヨークのスタジオで、紙をカット、折り、そしてのりづけすることで、驚くほど複雑だけど楽しくて繊細ななポップアップを日々作り出しています。MoMAはホリデーシーズンに、サブダのデザインしたポップアップクリスマスカードを紹介しています。
イスラエルのエルサレム出身のリオラ・マンヌはノースキャロライナ大学でテキスタイルデザインとエンジニアリングを学びました。ニューヨークに渡った彼女は、ファッション業界でテキスタイルデザインを始めます。そこで新しい手法や材料を探求する事に刺激を受け、ブレンドされた色を作り出すため、アクリル繊維を重ね、手動のニードルパンチングで閉じるラモンタージュと呼ばれる画期的な方法を開発しました。伝統的な印刷、織り、編みでは成し遂げられなかった模様をマンヌはラモンタージュによって作り出したのです。マンヌ特有のラグや室内装飾品は人気を得て、遂に自身のデザインスタジオを開く事になります。 今日、マンヌはテキスタイルデザインの境界線を超えるべく、ハンドバッグ、靴、ファッションアクセサリー、照明、家具、テーブルに置くアイテム等の製作にも取り組んでいます。
スイス生まれのフランス人建築家、ル・コルビュジェ(シャルル=エデュアール・ジャンヌレ)は、20世紀を代表する近代建築理論家の巨匠。彼の急進的な建築、都市計画、家具の設計は、時代遅れのシンボルを拒絶して実用的な機能を肯定する独自の機能主義の理論に基づいて生まれました。1920年代以降の彼のデザインは、国際様式(インターナショナル・スタイル)の基礎となっています。また、家具デザインの大部分は彼のキャリアの初期に、従兄弟であり建築のパートナーであるピエール・ジャンヌレと、シャルロット・ペリアンとの共同作業から誕生。3人が1928年にデザインした金属製の家具はたちまち全世界で成功を収め、今でも傑作として人気を集めています。
チャールズはアメリカ、ミズーリ州、レイはカリフォルニア州生まれ。ミッド・センチュリー・モダンの巨匠と称される夫妻は家具だけでなく、建築、映画、グラフィックなど20世紀のデザイン界に数々の金字塔を残しています。1925年からワシントン大学建築科に在籍したチャールズは、1930年にセントルイスで建築事務所を開設。1936年からクランブルック・アカデミーの研究生に招かれ、1940年に入学したレイと出会います。同じ年、MoMA「オーガニッック・インテリア・デザインコンペ」にエーロ・サーリネンとの共同でエントリーしたプライウッド(成形合板)の椅子で優勝。制作をサポートしていたレイと翌1941年に結婚してからは、2人の共同作業をスタート。第二次世界大戦中はアメリカ海軍から依頼された負傷兵の脚の添え木を開発するプロジェクトで、プライウッドの技術を進化させました。終戦の1945年、伝説となる椅子を発表し、1946年には「イームズデザインの家具展」をMoMAが開催。ジョージ・ネルソンがディレクターを務めるハーマン・ミラー社と契約してから2人が発表した家具の多くは、MoMAのデザインコレクションに収められています。
デザイナーズ・ギルドの創始者、トリシア・ギルドは、世界的に有名なイギリスのデザイナーであり、インテリアデコレーター。 インテリアやファブリック、ベッドリネンや壁紙、セラミック、そしてレザーグッズもデザインしています。 1972年にはロンドンのキングスロードに最初のフラッグショップをオープン。トリシアのグローバルな視点で生み出されるモダンな感覚と印象的な色彩のプロダクツは、常にモダンデザインの旗手として世界から賞賛されています。
ハンガリー、ブダペスト生まれ。1956年にアメリカに移住し、ニューヨークの有名書店バーンズ&ノーブルで働き始め、1979年にデザイン会社M&Coを設立。妻のマイラとの共同制作を通じて、前衛的コンセプトによる作品を発表する伝説的な会社に成長しました。バーンズ&ノーブルのトートバッグや、ロックバンド「トーキング・ヘッズ」のアルバムジャケット、アンディ・ウォーホールが創刊した「Interview」やベネトン社の「COLORS」などの雑誌、ヴィトラ社の「Chairman」などによりノーデザイン的グラフィックの先駆者として若きデザイナーに与えた影響は測りしれません。独自のウィットに富んだ時計(僕たちに一番大切なのは仕事が終わる5時)や、ペーパーウェイト(シワくちゃなゴミのような紙だって真の美と成り得る)など、現代の社会問題を取り上げる製品を発表。人気のスカイアンブレラなど、カルマンならではの物語性のあるユーモアはMoMAのコレクションとして、今も生き続けています。
アメリカ人のジョージ・ネルソンは建築デザイナー、編集者、作家、そして教師でもありました。彼はストレージウォールコンセプトやスリングソファを含む、家具デザイン、工業デザイン、展示会のデザイン、そしてその都会的なデザインでよく知られています。長きに渡ってハーマンミラー社に従事し、デザインの誠実さ、そして優れたデザインは市場に受け入れられるという基本理念を貫きました。
エジプト、カイロ生まれ。ヨーロッパ各地で育ち、カナダの工業デザイン事務所で19才から働いた後、ニューヨークにスタジオを開設。200点を超えるデザインはカトラリーやコート掛けから郵便ボックス、香水のパッケージやライトスタンド、食器からハイファッションにも至り、さらにCDのプロデュースまで活動範囲は多岐に渡ります。「ガルボ」という名のゴミ箱は制作開始からわずか2年ですでに200万個以上販売され、カリムの名前をあっという間にポピュラーにしました。T.P.R(サーモ・プラスティック・ラバー)という素材を使ったOH CHAIRやチェスセット、アクリルを使ったドミノセットなども収録された著作の「I Want to Change the World」というタイトルからは、世界をポップに変えたいという彼のデザイン観が伝わってきます。新鮮でキュートな作品はMoMAだけでなく、サンフランシスコ近代美術館、モントリオール装飾芸術美術館などのコレクションにも収められています。
フランス、パリ生まれ。パリ装飾美術学校を卒業後、ピエール・カルダンのスタジオでアートディレクターとしてキャリアをスタート。1970年代にさまざまなレストランやクラブ、カフェのインテリアを手がけて人気を集め、1979年にはアメリカにスタルク・プロダクツ社を設立します。1980年代に入るとパリ、エリゼ宮内のミッテラン大統領専用室インテリア、レ・アール地区の「カフェ・コスト」プロジェクトに参加。このカフェのためにデザインした椅子COSTEによって、彼の名はさらに広く知られるようになります。ニューヨークのロイヤルトンホテル、パラマウントホテルに代表されるインテリアデザインにはじまり、カルテル社やドリアデ社、フロス社の家具や照明器具、ドーム社のクリスタルやアレッシィ社のキッチン用品など、多様なデザインフィールドで独創的な表現を続けています。